“京筍の大ピンチ” 災い転じて福となせ! めざせ、世界農業遺産を!!

去年あたりから、長岡京などの京筍の竹林に異変がおきていることをご存じだろうか。シナチクノメイガという外来種の蛾の幼虫が大発生して葉を食い荒らし、太い立派な親竹がまたたくまに枯れてしまうという被害が、主産地である乙訓(長岡京市・向日市・大山崎町)や京都市大原野などでおきているというのだ。
すくなくとも数百年、1000年に及ぶともされる「われらが京筍」の歴史始まって以来の信じられない光景が、手入れの行き届いた竹林のあちこちに広がる事態となった。
この夏、攻防戦が繰り広げられた。有機JASに対応する農薬による駆除がおこなわれ、適切に散布した竹林では、虫は撃退された。その後も対策はすすめられている。効果の一番高い農薬の選定を急ぐ一方で、そもそもこの「未知なる蛾」が、どこで産卵し、どういう風に成長し、どこでサナギになるか。どこで越冬するか。そういった生態も詳しく把握し分析していて、最近別種のノメイガがいることもわかったとのこと。数年のうちには被害を抑え込むべく、専門家と農家が連携しながら、動いているという。
取材を通じて、防疫を専門とする人たちの「必殺仕事人的世界」に触れ、暑い夏にアツクなった。色々教えてくれた担当者が、私の古巣NHKの「クローズアップ現代」のファンだとおっしゃったこともあり、報道番組ディレクターの血が騒いだのかもしれない。
地上にアタマを出す前にみつけて掘るタケノコは驚くほど白く、ゆでる際に米ぬかさえ必要ないほどえぐみのないおいしさであること。京筍の独特で非常に高い農家の技、歴史と文化の分厚さ。この2年ほど、そうしたことをもっとアピールして、もりあげようという市民活動を、細々とながらしてきたのだが、そこへ突然ふってわいた“存亡の危機”。考えてみれば、今次の衝撃的な害虫被害こそ、単に農家とか農業関係者のハナシではなく、市民みんなで考え、応援のギアをあげる絶好の契機なのではないか。気候変動や雨不足も、より深刻に牙をむいて京筍に襲いかかっている。農家のみならず、そこに暮らす市民も含め、関係する人たちが団結して、竹林や筍の未来を考えることが必要なのではないか。例えば、国連機関が認定する「世界農業遺産」の認定を目指すための号砲を鳴らすタイミングなのではないか。市民や識者や、食の関係者や地元の企業や、学校や、福祉や医療の現場、そして農協や市役所などがワンチームとなり、心をあわせて。そんな会話を、つきあいの深い方々と交わしはじめている。
それにしても、今回、撲滅しようとしているシナチクノメイガのことを詳しく知るにつれ、いいようのない気持ちになった。
もともとは中国南部の蛾だという。京筍の「孟宗竹」も、元は中国の竹。平安時代に、お茶などとともに遣唐使などによって日本にもたらされたとされ、長岡京の古い寺には、孟宗竹を持ってきた仏教の僧の伝承も残されている。いわば、同郷なのだ。
こんなにも竹を苦しめたという記録は、これまで特にはないそうだ。蛾じたいは、数年前から愛知県や静岡県などでみつかっていたが、それほど悪さをした形跡はない。それが京都南部で突然大繁殖。竹林の大きな脅威となった。数年前、人類を窮地に陥れた新型コロナを想起させる、“たけのこ版パンデミック”的な危機の勃発だったのかもしれない。
どうやって海をわたってきたのか。輸入された竹材に卵などがついていたとか、近年さらに勢いを増す「西から東へ吹くジェット気流」に乗って日本に飛来したなどの可能性が考えられるとのことだった。いずれにせよ、例えば琵琶湖の固有種を食い荒らすブラックバスなど外来の魚が、釣り愛好者などの手で海外から持ち込まれたような“人為性”は、認められない。たまたま遠い異国の地に飛んできて「丁寧に育てられ格段においしい葉を茂らせる京都の竹林」に出会い、無我夢中に食欲を発揮したとすれば、彼らもまた、地球規模の異次元気候変動に翻弄された「いきもの」なのかもしれない。
幼虫が大発生しはじめた6月下旬から7月下旬、竹林に散布されたのは、畑の野菜を好んで食べる近い種類の蛾の幼虫によく効く「食べたらおなかをこわすカビのたんぱく質」を合成した農薬だった。幼虫たちはテキメンにおなかをこわし、何も食べられなくなって死んだ。お蔭で、農家が手塩にかける竹林の多くの親竹が、葉がほとんどなくなって真っ白に変色し切り倒さざるを得なくなるという事態を、まぬがれたという。
私の疑問に次々答えてくれた京都府の担当者は、こんな言い方をした。
「気候変動のせいか、なにせ梅雨とは思えない連日の猛暑でしたから、おなかをこわした幼虫はまったく水分が取れず真っ黒にひからびて一斉に死滅して、ことしの対策は効果をあげたわけです」
気候変動が猛威を振るう、酷暑の夏。蛾の子どもたちも、いわば集団の熱中症で大量死したというわけである。
異次元化する気候変動。しかしそれを抑え込む国際的な動きは、遅々として進んでいない。アップルとかアマゾンとか世界でも飛びぬけたお金持ち企業をかかえ、日本から渡った超人的ベースボールプレーヤーが活躍するかの超大国の大統領は「気候変動なんて、でっちあげだ」といって、科学者や研究機関、国際機関などで働く職員の給与を次々カットしているそうだが、遠く離れた日本の、京都の竹林で大変なことが起きていることなど思いもよらないのだろう。浅はかにもほどがある、といいたい気持ちになる。
だから今こそ、平安の昔から大切に手間をかけて守られてきた美しい竹林と、そこでとれる美味なたけのこを愛す一市民としていいたい。
長岡の筍、乙訓の竹林を応援しよう。わがこととして見つめよう。未来のために。